子ども英会話キッズクラブ 横須賀市と横浜市の子供英会話教室【幼児(3歳〜)・小学生】
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”Read or leave” ---「読め、さもなければ去れ」

アメリカ「留学記」ですので、学問に関することを少々。 おそらく高校でもそうでしょうが、アメリカの大学以上では勉強とは、何よりもまず文献を読むことです。「読むのが苦手」という人は、アメリカの大学に入学したり留学したりするには相当な覚悟が必要です。いやもう、要求される読書量の半端でないこと! どのクラスでも、宿題は教科書や文献を読んでくることです。一回で数十ページは普通ですので、全クラス分ともなりますと、多いときは週に数百ページになることも・・・。

 辞書をトモダチに、とにかく読んで、読んで、読みまくりました。徹夜して読んでも読み終わらないし、読み終わってもわからないところが多いしで、何度も絶望的になったものです。ですがアメリカ人でしかもクラスのリーダー的存在だった優秀な大学院生も ”I read a lot.  But even for me, this class’s reading is too much!”とぼやいていたので、誰にとっても膨大な量の文献なのだなとわかってちょっとだけ、気が楽になったものです。         

 アメリカでは、「教科書読んどいて」という一言が日本よりも格段に重みをもつのです。教授と学生の間に、読まなければクラスに(少なくとも有意義には)参加できないことが暗黙のうちに了解されているので、読むことの大変さに途中でクラスをやめていく学生はたくさんいます。まさに”Read or leave”なのです。



危機一髪!?

最初の留学先はカンサス州ウィンフィールドという小さな町にある、サウスウェスタンカレッジでした。この学校は1年生から4年生まで合わせても数百人という、小ぢんまりした田舎の大学です。学生たちも先生たちも非常にフレンドリーで親切で、みんなお互いの顔を見知っているような、家族的な学校でした。そこでいい経験も色々させてもらいましたが、そこで人生最大の恐怖も味わいました。
寮の1階にある1人部屋の窓を開け放して、窓際で眠っていたときのこと。真夜中に、大きな笑い声で目が覚めました。窓に2つの人影が、今でいうなら「イッちゃってる」声でケタケタ笑いながら、開けておいた窓から部屋へ入ってこようとしているのです!「強盗だ!もうだめだ!殺される!」逃げたいのに、恐怖で動けません。凶悪犯にナイフで刺されるか、拳銃で撃たれるかする自分を想像しては、「アメリカで窓を開けたままにしておくなんて、なんてうかつだったのだろう!」と最期のときを待っているだけでした・・・

窓枠を乗り越えるのに手間取っていた二人がとうとう飛び降りてきて、自分の脚にぶつかりました。そのショックでやっと動けるようになり、飛び起きて電気をつけると、「強盗」の正体は何と女の子二人組。別に酔っていたわけでも、薬をやっていたわけでもなく、単にめちゃめちゃ陽気で、笑い声が大きい普通の?女の子たちでした。“Isn’t this ○○’s room?” と言うので “No.’’と答え、詳しく話を聞くと、窓を開けといてくれる約束になっていた友だちの部屋だと思って、ぼくの部屋に入ってしまった、というのです。“What’s his room number?” と、その友人の部屋の番号を聞いてみると、結構離れている場所でした・・・。人騒がせな、と思いつつも二人をその部屋まで連れて行き、その友人に引き合わせてあげると、さっさと自分の部屋に戻って、寝袋を引っかぶって寝てしまいました。

次の日、隣部屋の友人Neilにこの話をすると、“Oh, my God!’’ と大爆笑。「気をつけろよ」なんてことは一言も言わずに、部屋まで案内してやるなんて人がいいな、と笑いながら言われておしまいでした。

最初は、「やっぱりアメリカは怖い!」と心の底からおびえさせられましたが、終わってみれば「やっぱりウィンフィールドは、夜中に女の子二人が歩き回れるほどのどかな町なんだ」ということがわかった経験でした。終わりよければすべてよし、ですね。その後もずっと、夜寝るときは窓を開けたままでした。


自由の国アメリカ

1992年、オレゴン州ポートランドから、留学先のワシントン州立大学のあるプルマンへ向かう飛行機の中でのこと。
小学4年生のアメリカ人の男の子の隣の席に座りました。
離陸後に配られたスナックをその子にあげたことから、その子Bobとおしゃべりするようになりました。
彼はおじいちゃん、おばあちゃんのところへ行くところで、その日初めて一人で飛行機に乗ったのだそうです。
"I came from Japan." といったぼくに、Bobはアメリカのことを教えてくれました。
彼が最初に話してくれたのは、 "It's a free country." (アメリカは、自由の国なんだよ。)ということ。
10歳の子どもが誇らし気に語り、20歳過ぎの自分がかしこまって聞いていたその図は、今思い出しても微(苦)笑してしまいます。
そしてアメリカという国では、10歳の子どもにも国の理想がしっかりと伝わっていることに感心させられました。

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